ニヨンサバフランソワのプロフィールと経歴!順天堂大学での仕事と家族をチェック

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こんにちは、nbenです。

今回はニヨンサバ・フランソワさんについてまとめていきます。

 

「未来世紀ジパング~沸騰現場の経済学~」にも出演して
害虫の危機とその防衛についての話をされていましたよね。

しかしあまりテレビでは見ない方のような気がします。

順天堂大学の国際教養学部で教授をしているらしいですが、
いったいどんな方なのでしょうか?

 

プロフィールや経歴から来日の理由、家族のことまで
色々な情報を調べてまとめてみました!

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ニヨンサバ・フランソワのプロフィールと経歴は?

まずは、ニヨンサバ・フランソワさんの
プロフィールや経歴などについて簡単にまとめましょう。

氏名:ニヨンサバ・フランソワ(NIYONSABA Francois)
生まれ:ルワンダ

 

ルワンダでから中国の医学部へ進学した
ニヨンサバ・フランソワさんは
そこで整形外科医になり、大学院の修士過程も修了しました。

医学の専門は最初は整形外科医だったんですね。

しかし、いざ博士課程へと思った矢先に
母国ルワンダの内戦で政府がなくなるという大事件が起きます。

ニヨンサバ・フランソワさんは
国から奨学金を出してもらって留学していたため
学費を納めることもできなくなり、
大学を退学しなければならなくなったそうです。

しかし、ビザの更新のためにルワンダに帰れば
命の危機を伴うという進退窮まった状況になったそうです。

 

何もかも捨てて言葉の通じるフランスへ亡命するしかないと
思いつめていた矢先に
大学の知人に紹介されて順天堂大学のある先生に会い、
順天堂大学で学ばないか」と誘ってもらったのが転機になったとか。

本当にこんな偶然があるんですね。

順天堂大学の誘った先生も素晴らしいですね。

なので、現在も働く順天堂大学が

ニヨンサバ・フランソワさん曰く

「命の恩人」

と言っても語弊がありませんね。

 

もちろんいきなり日本へというのは
日本語もできず文化も分からない状態。

そんな中で必死に努力を続け、
そのかいあって博士号も取得

 

普通、全く言語の分からない国にいきなり行って
生活するだけでなく学校で学んだり論文を書いたりするなんて
到底できることではないはずですが・・・

並大抵の努力ではなし得なかったことでしょう。

他に道はなかったからといって簡単にできるものではない、
本当にすごいことですよね。

 

卒業後は「アトピー疾患研究センター」の研究者として採用され
自分を救ってくれた順天堂大学に恩返しをしたいと
順天堂での教授の道も目指すことに。

その後は

平成15年4月~平成18年9月:順天堂大学アトピー疾患研究センター 助手
平成18年10月~平成19年3月:順天堂大学アトピー疾患研究センター 講師

平成27年4月~平成29年6月:順天堂大学 国際教養学部 先任准教授
平成29年7月~現在に至る:順天堂大学 国際教養学部 教授

と順調にキャリアを積まれているようですね。

現在は同大学で世界で活躍するヘルスプロモーター
(医師や看護師と協力して、人々の命を助ける仕事)の
育成に携わっています。

 

ニヨンサバ・フランソワの来日理由は?ルワンダからどうやって進学?

さて、日本へ来た理由は奇跡的なものでしたが、
それまでのニヨンサバ・フランソワさんの人生も大変なものでした。

ニヨンサバ・フランソワさんの生まれたルワンダは
学校に通える子供も学校自体も少なく、
中学校に進学できるのは全国統一テストで上位10%に入った人だけ。

その全国統一テストでというのも
エリートだけを選抜するためのものですから、
わざと人数を減らすために習っていない問題が沢山出されるそうです!

 

また、ニヨンサバ・フランソワさんは
家族の手伝いとして労働もしなくてはならなかったらしく
非常に大変だったそうですが
水汲みや家畜の世話をしながら
時間をやりくりして必死に勉強して通ったとのこと。

もちろん高校も
エリートだけを進ませる方針は一緒なので
同級生で中学校に入ったのは45人
高校卒業したのは12人だけ。

そしてその中で海外へ大学留学したのはたった2人です。

中学の狭き門をくぐった秀才たちの中で
4%程度しか海外の大学へ留学できないという
厳しい現実がありそれを勝ち抜いた
ニヨンサバ・フランソワさんは
エリート中のエリートであることは間違いありませんね。

 

しかも海外留学は国が予算と
ルワンダにとって必要な人材育成という点から決めるものなので
留学先の国や大学、学部は選べないのです。

それでもニヨンサバ・フランソワさんは後悔していないとのこと。

更に

「私はアフリカの貧しい国に生まれました。
アフリカにはいろんな感染症や病気がたくさんあるので、
良い薬や薬の基となるような物を発見するのが私の夢です」

と夢を語っています。

エリート中のエリートであるニヨンサバ・フランソワさんですが
祖国ルワンダひいてはアフリカのために何かしら貢献したいという
熱い気持ちがひしひしと伝わってきますね。

誰でも基礎的な教育が受けられて、
自分の進学したい学校や学部が選べるというのは
改めて日本は恵まれている環境にあることを実感しますね。

 

海外留学先は中国に決まり、
ニヨンサバ・フランソワさんは中国語や文化を1から学び、
その後は先ほど触れたように来日したということです。

現在は日本国民として日本人のパスポートを持っているようですので
日本国籍も取得したんですね。

 

ニヨンサバ・フランソワの妻や子供は?

さて、気になるニヨンサバ・フランソワさんの家族についてですが
詳しいことは調べても分かりませんでした。

妻と子供がいることは間違いないです。

以前のインタビューで
「実は、私の長男の名前は順天堂から取って『順』です
と話したことがあります。

順天堂大学に本当に恩義を感じているのですね。

長男と言う言い方なのでお子さんは2人以上でしょうか?

 

また、日本語の名前をつけていることから
奥さんは日本人の方である可能性も高いです。

日本に骨を埋める気持ちも少しはあるのではないでしょうか?
すっかり日本に馴染んだ感じがしますね。

 

そして、

ルワンダの家族や甥と姪にも日本を見せたい

と言っていたことから
両親や兄弟などはルワンダに今も住んでいるのでしょう。

費用や言葉の面から中々呼べないそうですが、
ルワンダから遠く離れた日本で生活しても
家族の事が気になっているなんて
本当に優しい方なんですね。

いつか家族にも日本を見てほしいですね。

 

ちなみに、日本については「狭いし働きすぎ」で
という感想を持っているようですが

・治安がよく人が優しい
・サービスの良さ
・日本の仕事に対する責任感や正確さと速さ

など良いところがたくさんあって大好き、とのこと。

日本が好きだから日本に来たというわけではない
ニヨンサバ・フランソワさんに
このように日本を評価してもらうと
何だか嬉しいですよね。

 

ニヨンサバ・フランソワのまとめ

いかがでしたでしょうか?

現在も順天堂大学の国際教養学部で
教授をしているニヨンサバ・フランソワさん。

まだまだルワンダの事を知らない私達。

テレビなどでもぜひニヨンサバ・フランソワさんの
専門知識だけでなく経験も伝えて欲しいですね!

 

では、ここまでお読みいただき
ありがとうございました。

 

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