本村洋の再婚や子供と全国犯罪被害の会(あすの会)幹事の活動内容をチェック

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こんにちは、nbenです。

今回は本村洋さんについてまとめていきます。

 

本村洋さんはあの「光市母子殺害事件」の遺族の男性。
「そこまで言って委員会」にも出演しています。

現在は「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の幹事
しているそうです。

本村洋さんのプロフィールや経歴から
光市母子殺害事件のこと、亡くなった妻と子供についてなど
色々な情報を調べてまとめてみました。

本村洋のプロフィールと経歴は?

まずは、本村洋さんのプロフィールなどを
まとめていきたいと思います。

氏名:本村 洋(もとむら ひろし)
生年月日:1976年3月19日(42歳)
出身地:不明

 

1999年に起きた光市母子殺害事件の被害者である妻と子供の
夫である父であった男性です。

裁判で死刑の執行や「犯罪被害者の権利確立」を強く訴えて
事件やその問題が取り上げられるきっかけになりました。

 

愛する家族の尊厳も命も奪われたにもかかわらず
長きに渡って過酷な裁判に耐えるだけでなく
毅然とした態度を取り続けた姿が印象に残っています。

裁判後も犯罪被害者等基本法の成立に尽力し、
その後も執筆や講演会を重ねているそうです。

 

また、元日本弁護士連合会副会長である岡村勲さんなどと
犯罪被害者の会(現・全国犯罪被害者の会/あすの会)を設立し、
幹事に就任しています。

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光市母子殺害事件とは?

では、光市母子殺害事件の全容を
簡単にまとめていきましょう。

光市母子殺害事件とは、1999年(平成11年)4月14日に
山口県光市の新日本製鐵光製鐵所社宅アパートで起きた
事件です。

 

当時18歳の少年Fが排水検査を装って本村洋さんの家に侵入し
奥さんの弥生さんを強姦しようとしますが
弥生さんが抵抗したため首を絞めて殺害、そのまま屍姦

さらに、泣き止まない娘の夕夏ちゃんを床に叩きつけたり
首にひもを巻き付けたりして殺害
財布を盗んで逃走しました。

 

事件から4日後にFは逮捕され、6月から
強姦致死罪・殺人罪・窃盗罪で裁判が行われました。

あまりに残虐すぎる内容はもちろん、
第一審では主張していなかった

優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた

泣き止ますために首に蝶々結びした

ドラえもんに助けてもらおうと思った

「屍姦したのは小説に復活の儀式と書いてあったから」

など裁判での弁護団のあまりに突飛な主張で
大きく取り上げられました。

 

少年Fを死刑にするかどうかに関してが大きな争点となり
本村洋さんは一審で死刑判決とならなかったことに関して
「司法に絶望した、加害者を社会に早く出してもらいたい、
そうすれば私が殺す」とまで話したことも。

日本中で活発な議論が行われた事件でもあり、
犯罪被害者の権利が注目されるきっかけになった
事件でもありました。

 

裁判でも死刑かそうでないかは相当揉めていましたが
2012年2月、Fの上告が棄却され死刑判決が確定しました。

実に10年以上の歳月をかけてようやく死刑確定になったのを受け
本村洋さんは
死刑判決が下されたことに大変満足していますが、
喜びの感情は一切ありません」 と話していました。

淡々と筋道を通して心境を語る本村洋さん。
こんように淡々と語るにはどれだけの精神的葛藤があったかは
想像に難しくないですね。

 

全国犯罪被害の会の活動は?

本村洋さんが幹事を務める全国犯罪被害の会(あすの会)は
どんな活動をしているのか、調べてみました。

全国犯罪被害の会は、
犯罪被害者が刑事司法手続きに参加する権利を確立するために、
調査研究を行い立法・司法・行政に対して提案し実現をはかる
と言う目的で活動しているそうです。

 

被害者が立ち直るための支援はもちろん、
法律相談や法廷への付き添いなど裁判に関すること、
メディアなどの報道による被害の救済、
逆に被害者側が復讐することの防止なども行うようです。

また、本村洋さんは
著書も3冊出されています。

天国からのラブレター 2000/4
罪と罰 2009/4/16
光市母子殺害事件 2012/9/30

また裁判の日々を綴った
なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日

感想のコメントとして

“本を読みながら涙が止まらなくなった”
“本村さんの勇気に拍手を送りたい!”
“修験道に通ずる細く長く限りなく遠きプロセス”
“人は一人では生きられない、周りの人に助けられて生きていると実感できます。”
“泣いた泣いた・・・何度も嗚咽し、慟哭を止められなかった”

と大変高い評価を受けている書籍です。

是非一度購読されてみてはいかがでしょうか?

 

本村洋の妻と子供は?再婚している?

最後に、本村洋さんの家族についてです。

光市母子殺害事件の当時、本村洋さんは結婚しており
奥さんは弥生(やよい)さん、
長女の生後11ヶ月の夕夏(ゆうか)ちゃんがいました。

 

お二人は悲しいことに亡くなってしまったわけですが、
その後本村洋さんは再婚されたんだそうです!

判決会見の中で、
本村洋さんは再婚していたことを語りました。

2009年に籍を入れさせていただきました。
1人で生活し、いろいろと精神的に参っていた私を、
支えていただける方と出会うことができました

と報告

本村洋さんの知人によると、
お相手は7歳年上で同じ会社の同僚なんだとか。
もちろん一般の方なので名前などは分かりませんでした。
お子さんがいるかどうかも不明ですね。

 

趣味のテニスを通じて仲良くなったそうで、
痛ましい事件と長い裁判で感じた怒りや悲しみを
ともに支えてくれる女性ができたことは
本当に良かったですね。

本村洋さんは「被害者がいつまでも事件のことを引きずって
下を向いて生きるんではなく、
事件のことを考えながらも前を向いて笑って、
自分の人生をしっかりと歩んでいくことが大事だと思います
と会見で語っています。

 

本村洋のまとめ

いかがでしたでしょうか?

本村洋さんは今でも死刑に対して賛成を掲げています。
「そこまで言って委員会」では死刑制度について話していました。
とは言え、本村洋さんの口調から積極的な意見ではなく
予防対策として必要であるという姿勢を強く感じました
あなたはどのように感じられましたんでしょうか?

10年以上も辛い人生を生きてきた本村洋さん。
これからは新しいパートナーと共に
幸せに暮らしていただきたいですね。

 

では、ここまでお読みいただき
ありがとうございました。

 

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