増田哲将のプロフィールと経歴!元東京電力福島第1原発副所長が気になる

この記事は3分で読めます

images 4 - 増田哲将のプロフィールと経歴!元東京電力福島第1原発副所長が気になる

こんにちは、nbenです。
今年も3月11日がやってきましたね。

多くの犠牲者の出た東日本大震災、そして福島第1原発での事故は
いまだ多くの爪痕を残しています。

 

そんな中、ある山伏が犠牲者の鎮魂のために
毎年東北への行脚を続けていると言う話があります。

 

しかもこの山伏というのが、福島第1原発の元副所長。
増田哲将(ますだ のりまさ)さんという方です。

山伏となるまでの増田哲将さんの経歴や
どういう方なのかがとても気になったので、
色々な情報を調べてみました!

 

  
       
  
       

増田哲将wiki風プロフィール

まずは、増田哲将さんのプロフィールについて
見ていきましょう。

氏名:増田 哲将(ますだ のりまさ)
出身地:
生年月日: 年 月 日(80歳)

 

経歴

増田哲将さんは京都大学を卒業し、そのまま東京電力へ入社。
初めは原発ではなく福島県の火力発電所増設などに取り組んだそうです。

1987年からの2年間福島第1原発の副所長となりますが、
本社から「今度原発増設の計画があるので、
地元の議会で一人も反対させてはならない」という厳しい指令をもらいました。

 

毎晩何件も飲み歩いて人脈を作り、
反対派の幹部の家族に就職先をあっせんするなど
地元との連携を強めていきます。

しかし、その中でも増田哲将さんの心には
東電の「メーカーの言いなりになり自分で物を考えようとしない体質」
への疑問があったそうですが、
一人で会社全ての体質を改革するには力不足で
大きな変化には及ばなかったそう。

 

そういうこともあってか巡礼に関心を抱くようになり、
退職した後山伏の修行を開始。
5年の修業期間を経て山伏になりました。

その後起きた原発での事件の時にはすでにOBであった増田哲将さんですが
「現役職員だけでなく自分にも滞在を起こした責任がある」と
2011年の春から謝罪のための行脚を始めるようになりました。

 

現在は「終着点のない謝罪の旅」「体力が続く限り続ける」と
年に何度も福島から宮城、岩手、青森と各地をめぐり
般若心経を唱えて回っているそうです。

 

福島第1原発副所長

さて、増田哲将さんが副所長をつとめた福島第1原発での
事故についても簡単にまとめておきます。

福島第一原子力発電所事故は、2011年3月11日の
東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波の影響で
起きた大きな事故です。

 

当時原発は6機あり、1~3号機が運転中、4~6号機が
メンテナンス中という状況で、
地震による停電で電源を失ったものの、
非常用の発電機が起動していました。

しかしその後おそってきた津波で地下にあった
非常用発電機が壊れてしまいます。
同じくポンプや燃料タンクが壊れたり流出したりといった被害が出ました。

 

原発に使われる核燃料は非常に高い熱を発し続けるため
使っているものはもちろん使われていないものも冷やし続けないと
高熱により溶けてしまいます。

それが溶けてしまうと「炉心溶融(メルトダウン)」となり
放射性物質が大量に水や空気に溶け出していってしまうというわけです。

 

これが起きてしまったのが福島第1原発事故でした。
加えてその影響によりガス爆発が起き、
周囲の空気、土、そして海に大量の放射性物質が流れていってしまうという
国際原子力事象評価尺度 (INES)最悪のレベル7に分類される
史上最大規模の原発事故となってしまいます。

復旧と少しでもメルトダウンを食い止めるために大量の水を注ぎこみ
過酷な状況の中で技術者や作業者たちが懸命に作業を続けましたが
1号機の核燃料はほぼ全て溶けてしまい、2号機も7割が溶融。

 

高濃度の汚染により周辺は立入禁止となり
引っ越しを余儀なくされた人たちもメディアなどが騒ぎ立てたこともあって
引っ越した先でもひどい扱いを受けたりしていましたよね。

何より、何度も耐震・対津波に関して構造や立地の欠陥が
指摘されていたにもかかわらず対策をしなかったこと、
現場の作業員への正しい情報の周知が行われていなかったことなど
対応がしっかりできていればここまでの大事故にならなかったと
東電の組織的な問題が明らかになりました。

 

現在でも復旧作業は続いていますし、
検査で放射能が問題ないとされた野菜や果物も
全然報道されずに「福島の食べ物は危険」のような間違った噂ばかりが
根付いてしまっているようです。

増田哲将さんが謝罪の行脚を終わりのないものとして
続けているのも、このような風評被害などを受けての
こともあるのかもしれませんね。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

増田哲将さんのこと、そして増田哲将さんが副所長をつとめていた
福島第1原発のことについてまとめてきました。

あれから7年が経ちますが、まだまだ復興には程遠い部分もあり
あちこちに課題は残っている状態です。

しかし、それでも少しずつ前に進むことは
出来ているのではないでしょうか。

震災のことは忘れず、しかし悲しいことばかりに目を向けるのではなく
前を向いて進んでいけるといいですね。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

  
      
  
      
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. Austrian Sportspeople of the Year 2014 winners 11 Anna Fenninger - アンナファイトは可愛いアルペンスキー選手!プロフィールと年齢と身長は?
  2. images 7 - 卑弥呼の墓の場所は?謎の前方後円墳が福岡赤村で発見
  3. sumita bengosi - 住田裕子弁護士が森友文書問題に言及!プロフィールと旦那や子供をチェック
  4. 2 - 小栗大地はパラスノーボード選手!義足スノーボーダーのプロフィールと年齢と出場日程は?
  5. 21651 - 大和ハウスD-roomのcm女優は誰?しっかり者の妻役の女性を調べてみた!
  6. kamil - カミルグリクの年俸とW杯のプレースタイルと所属チームや背番号は?スパイクブランドも調べてみた
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

アーカイブ