フローランダバディのW杯のプロフィールと経歴!サッカー通訳エピソードと家族もチェック

この記事は4分で読めます

.jpeg?fit=400%2C400&ssl=1 - フローランダバディのW杯のプロフィールと経歴!サッカー通訳エピソードと家族もチェック

 

こんにちは、nbenです。

今回はフローラン・ダバディさんについてまとめていきます。

フローラン・ダバディさんは「ネプリーグ」でも活躍中のキャスター。

 

その日本語力がスゴイと話題に!

日本語が堪能な理由や来日の理由は何なのか?

他にもプロフィールや経歴など色々な情報を調べてまとめてみました!

  
       
  
       

フローラン・ダバディのプロフィールと経歴は?

氏名:フローラン・ダバディ(Florent Dabadie)
生年月日:1974年11月1日(43歳)
生まれ:フランス パリ
身長:190.5cm

 

フランス語、英語、日本語、イタリア語、
陶隠語、ポルトガル語、韓国語という
驚異の7カ国語を話すマルチリンガル!

語学の才能のある方なんですね。
ですが、7カ国語はすごいですね。

それも同じ系統言語ではなく
英語系、日本語系、韓国語系と
バラバラの言語で7カ国というのだから
本当に語学の才能がある方なんですね。

サッカー日本代表のフィリップ・トルシエ監督の
通訳として有名になりましたが
トルシエ監督よりも熱いとネットで話題になり、
トルシエにもやりすぎだよ、と笑われたことがある
そうです。

確かにトルシエジャパンのときには
フローラン・ダバディさんは
目立っていましたね。

大きな体で、選手たちに大きくゼスチャーをして
何度も大きな声を出して通訳をしていた印象がありますね。

簡潔な短い言葉ですが、気持ちがのっていましたね。

通訳以外にも様々な仕事をし、
ラジオ番組の製作やテレビのスポーツキャスターなどのほか
舞台やドラマなどにも出演しているとか!

様々な業界で幅広く活動しているようです。

 

尚、サッカー日本代表のフィリップ・トルシエ監督は
今では、

中国サッカー・スーパーリーグに所属する
重慶当代力帆足球倶楽部のスポーツディレクター

を歴任しているそうです。

更に驚くことに

ワイナリーのオーナーにもなっているそうです。

フランス・ボルドーのワイン畑を購入し、
トルシエ監督ブランドのオリジナルワインを作っているようで、

ハリルホジッチ監督や岡田武史&ザッケローニ前監督など
歴代日本人監督とワインで交流をしているそうです。

 

フローラン・ダバディの来日理由は?

では、フローラン・ダバディさんは
どうして日本に来たのでしょうか。

調べた結果、初めは雑誌の編集者として来日したのだそうです!
1998年から映画雑誌「PREMIERE」の仕事
日本に来たようです。

「PREMIERE」はハースト婦人画報社が発刊していた
7カ国で発行され、世界で1番読まれている映画雑誌の日本版
でしたが、現在は発刊を終了しています。

また、その前にも静岡大学に短期留学していたことが
あるそうですね。

 

7カ国語を話せるなら日本以外でも
いくらでも仕事はありそうですが、
その中でも日本で働くことを選んだようですね。

 

しかしプロの通訳家でもないにかかわらずトルシエ監督の
通訳に選ばれ、最初の二年間は
とにかく選手に監督の気持ちを伝えようと
動きなどを交えて必死に通訳したとか。

日本語がヘンになっちゃう時もあるけど、
ニュアンスはすごく伝わる
と選手からも評価されていたようです。

 

ちなみに日本語堪能なのは出身大学である
東洋語学院で日本語と日本文学を専攻していたからのようです。

この東洋語学学院は、
江戸川区西葛西に学校があり、
『使える日本語』の学習環境を提供する
東京都認可の日本語学校です。

専門学校・大学・大学院・美術大学・就職という
「5つのプラン」を提示し、学生ひとり一人の目標達成をサポート。

更に日々の生活サポートも充実、
年間700人を超える日本人ゲストに支えられた
日本語の授業を展開する

外国人留学生から高い評価を得ている老舗の日本語学校です。

日本語の常用漢字はすべてわかるとか!
ネプリーグでも活躍するわけですね。

 

フローラン・ダバディの家族がスゴイ!

そんなフローラン・ダバディさんの家族が超有名人だと話題に!

先祖はトルコ革命でフランスに亡命してきた貴族だという
フローラン・ダバディさんの
母方の祖父はサッカークラブの会長

母親は貴族の令嬢で現在は女性ファッション誌の編集長
そして父親は映画監督や脚本家、そして
「シェリーに口づけ」などで世界的なヒットを飛ばした
フランス人歌手ミッシェル・ポルナレフの
作詞をつとめたジャン・ルー・ダバディさん!!

 

ものすごい家庭に生まれていますね!

フローラン・ダバディさんの家系は
芸術から経営者まで
多岐にわたっている点が才能の豊かさを感じさせますね。

とは言え逆に親の七光りと言われるのは嫌で
最初芸能界には入りたくなかったと言っていました。

また、両親は「あらゆる差別と戦え」と教えたそうで
フローラン・ダバディさんは
中学生の時に人種差別発言をする先生を学長に抗議して辞めさせたり、
日本に来てからも島田紳助さんのマネージャー暴行事件のときに
芸能界の体制を痛烈に批判したりしていました。

 

もちろんその過激な発言で批判を受けることもあり、
一般のゴシップ誌やタブロイド紙とう
サッカー界ではない外部から差別されることもあったそう。

サッカー日本代表が南米選手権でグループリーグ敗退した時は

「トルシエのそばに日本の文化も知らない
フランス人がいるから負けた」

と心無い中傷にあったそうです。

通訳であるフローラン・ダバディさんが
サッカーの勝敗に関わる影響は少なくないですが
これほどの事を言われるのはどうかと思いますね。

 

それでも主張を変えず自分の考えを貫くのは
さすがというべきでしょうか?

 

フローラン・ダバディのまとめ

フローラン・ダバディさんをフィーチャーした番組も作られたことがあるそう↓

いかがでしたでしょうか?

日本語も堪能で、現在も大活躍中なフローラン・ダバディさん。

将来の夢は映画監督と語ったこともあるので
今後はそういった方向に行くのでしょうか?
何語で撮影するのかも気になりますが・・・

尚今では、
サッカーからテニスへ活躍の場を移してきているそうです。

フローラン・ダバディさん曰く

今の仕事の割合は、7割がテニスで3割がサッカーですね。
サッカーはDAZNでフランスリーグの解説をし、
たまにハリルホジッチ日本代表監督の通訳を担当するくらいですね。」

という割合でテニスに注力しているそうです。

確かに、テニスの4大大会の一つに
全仏オープン「ローラン・ギャロス」というフランスでの大会があり
フランス人のフローラン・ダバディさんには
まさに適役ということでしょう。

実はフローラン・ダバディさんは
6歳ぐらいからサッカーとテニスを一緒に楽しんでいたそうです。

高校まではサッカーに夢中になったそうですが
大学ではもっぱらテニスを楽しんでいたそうです。

ロサンゼルスの大学で松岡修造さんと出会い
食事をした事もあるのだとか

また日本に留学した際にも
静岡大学でテニス部でテニス漬けの1年を過ごしたそうです。

フローラン・ダバディさんの190cmを超える身長があれば
テニスでも大きなアドバンテージになりますので
ビックサーバのサーブアンドボレーのテニススタイルを
されていたのではないでしょうか。

今後はテニス系の雑誌や番組で姿を多く見られるかもしれませんね!

 

では、ここまでお読みいただき
ありがとうございました。

 

  
      
  
      
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. download 26 - 平昌五輪用アメリカ選手ユニフォームが内蔵ヒータ付!購入先と価格は?
  2. 6 - 筥崎宮おはじき2018の発売日と価格!放生会とは何が違う?
  3. 20160405 fa3c3f e1484922630133 - 3DSの3D機能をオフにする方法は?画面が勝手に切り替わった時の対処を紹介!
  4. redirect - 両備バスと岡電バスの廃止31路線はどこでいつから?
  5. tagamaturi - 古例大祭(多賀祭り)日程と時間は?アクセス場所と駐車場や料金を調べてみた
  6. Idrissa Gana Gueye - イドリッサゲイェの所属チームや背番号と年俸やW杯のプレースタイルは?移籍先クラブも調べてみた
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

アーカイブ