卑弥呼の墓の場所は?謎の前方後円墳が福岡赤村で発見

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こんにちはnbenです。

卑弥呼の墓として有力な場所がまた一つ発見されました。
それも多くの合致がある真実味が高い墓ではないかとのこと。

その内容を詳しく調べてみました。

 

卑弥呼とは?

魏志倭人伝等の中国の史書に
日本(倭国)の王として記されている女王

邪馬台国に都をおいていたとされています。

その卑弥呼の墓はまだ確定されておらす

福岡県と奈良県にそれぞれ有力な墓の存在が現在はあります。

それに今回新たな墓が発見されました。

 

卑弥呼の墓の場所は?

〒824-0432 福岡県田川郡赤村内田2390付近

 

見ると前方後円墳の形をしているように見えますね。
また、その部分だけ色が異なっており
周りの木々や土地の高さが違っているという事がわかりますね。

 

福岡の博多駅前からの行き方は?

仮に福岡県博多駅からこの卑弥呼の墓までいく経路を調べてみました。

国道201号線 経由で1 時間 15 分(54.9 km)

博多駅前:〒812-0011 福岡県福岡市博多区

北東方向に出来町通りを進む:1 分(270 m)

新幹線高架下(交差点) を直進して 国道3号線 に入る:2 分(550 m)

福岡都市高速4号粕屋線 と 国道201号線 から 香春町 香春 まで行く:1 時間 3 分(49.1 km)

県道204号線 と 県道418号線 を 赤村 内田 の目的地まで進む:11 分(5.0 km)

到着:〒824-0432 福岡県田川郡赤村内田2390

 

卑弥呼の墓の理由は?

以下の理由で卑弥呼の墓ではないかと言われている点は4つあります。

1)鍵穴型丘陵の全長は約450メートル。
日本最大の前方後円墳「大仙陵(だいせんりょう)古墳」(堺市)の墳丘長に迫る大きさ

卑弥呼の墓であれば、権力の大きさから大きいと想像する事は容易ですね。
それがの本最大の“大仙陵古墳”と同じであるという事は真実味がありますね。
ちなみに、大仙陵古墳は第16代仁徳天皇の墓として認識されていますね。

 

2)後円部に当たる部分は直径約150メートル
魏志倭人伝にある邪馬台国女王卑弥呼の墓のサイズとして
記載されている直径「径百余歩」とほぼ一致する。

唐代になると一歩は五尺で1.555m
したがって 1.55m✕100歩=155m

これは有力な情報ですね。サイズが史書と一致しているということは
実際に誰かが測定したということですので、現実味が高まると感じます。
また、そのサイズもほほ差異がない点も有力な証拠となるはずでしょう。

 

3)東側にある後円部と前方部のくびれのような場所では、土器片が多数発見

土器が出土するということは何かしらの意図があって産められたと考えられますね。
その土器の内容や歴史を調査すればかなり確度が高くなるのではと思います。

 

4)丘陵西側脇には、以前から湿地が広がっていて
周濠(しゅうごう)としての水をためた堀の部分と一致する

堀の部分には水で区切られたのであれば
それは前方後円墳の可能性が高いですよね。

以上の4点が卑弥呼の墓ではないかという根拠となっています。

 

ツイッターのコメントは?

ツイッターのコメントも多く
それぞれの方の意見も最もだと思う点がありますね。

奈良県の方からは、悲鳴のような声が・・・。ですが奈良県の卑弥呼説はまだまだ有力だと思います。

大和政権の権力者が九州出身であるならば、今回の卑弥呼の墓は卑弥呼でないかもしれませんが
有力な権力者の墓である可能性もありますね。

確かに!卑弥呼の墓の模倣という観点は斬新ですね。勢力の及んだ地域に存在する可能性は高いですね

文化財担当者の方が「明確に否定している」理由が気になりますね。
これだけのものが偶然で出来るのかの理由が知りたいですね。

今後この卑弥呼の墓と思われる地形のさらなる
調査がすすむ事を期待しています。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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